
牡丹灯再記
秋口の蚊が、未だ下げたままの蚊帳を掻い出した時につぅんと鳴って行き過ぎた。目に魂がはす交いに過ぎ去ったのかと訝った自身の心の哀れさにすぐに気付いて新三郎は額を揉んで枕の上に腰を落とす、嘆息、胸苦しさは吐息に混じるが抜けはせぬ。蚊帳の中で蚊と二人きり、生き残るのも哀れなものだ、と思ってもみた。途端、腹が鳴った。生き残るのは哀れだが、さりとて強いて死のうとは出来ないのであった。何か食うものを見繕うと思ったが、思うだけで動くのはまた別だった。食うもの、食うもの、と思って、彼はふと腕捲くり、長く白いかいなを差し出した。どれ程経っても蚊は食いついてこなかった。見ると、蚊はくたびれた畳の上で裏返っていた。ようやく本気で飯を食う気になった。
一人家にいるのも空間が余計に寂しく気塞いで表に出る事もままあったが、あえて人を避け寂しい通りを通って、何するでも無く日を過ごしては帰って寝る、外でぼんやりと過ごし、家内でもぼんやりと座っている、醒めているとき日は長く感じられたが、ぼんやりする間に時刻は崩れて飛び飛びになった。
と、六日頃。
「どうだい、どうだい」
夕の直前に赤々と半面に陽を浴び、磊落な顔が飛び込んだ。勤め先の同僚であった。だが、仕事は喪中を過ぎてもそのまま一度も顔を出さずにくびを切られたはずなので、今や元同僚、と言う。
新三郎は少しドキマギしながら彼を家に入れた。
「痩せたなぁ」
「そうか」
「蚊のように痩せた。酒に小アジの釣り立てを持って来たぜ、おい、食ってるか」
「食ってる」
「食ってるかぁ」
「食わないと死んじまうからな」
言ったぞ、と自分で思った。
彼はからからと笑って、例の磊落な気軽な様子で台所を問いそこで捌いて肴にすると、一献、と言い「献杯」と続けた。
「献杯」
「なぁ、奥さんの事は不運だったが、お前まで死んでも詮なかるまいに」
死んだ者を想うのは良いが呑まれちゃいけない、と言って杯を干し、手酌で注ぐ。彼は相変わらず屈託なかった。
「そう、しようがねえのさ、死ぬのは。俺達は悲しい生き物さ」
アジは中々旨い。旨いと思えるだけに自分はいい調子だ、と言った。
「そうさな、死んだら旨いも不味いもわからんもんな」
彼は頻々と「死んだ」「死ぬ」という言葉を使った。屈託が無かった。無いようだった。
「お前の新妻は死んだ、そうじゃねぇか、死んだんだ。認められねぇのか? そらぁ良くねぇ」
新三郎の顔にはご飯を朱で洗ったようなまだらの色が差し出していて、久々の酒に身が前後したが頭は鋭く細い糸が通って行った。新三郎は傷付きつつ、彼の素直さに聞き入っていた。ふと見ると彼も自分と同じ色の顔をして、目を据えていた。ああ、こいつは、そうか。と思った。磊落な風を装っているだけじゃないか。なんにも気にも止めないで平気で「死んだ」と俺の前で言う役を演じてるんじゃないか。素直さや無知こそ知恵だと言ってるだけじゃないか。手前の役どころを心得てる。この男は屈託の無い人柄を良く訓練して来た男なのであった。新三郎は酔ったふりして横になり、そのまま寝入る格好をとった。男はそれを見下ろして、二杯干すと口角をぐっと上げて辞去して行った。莞爾は己の演技の巧拙を計ってのものに違いなかった。彼が同僚に話す時の隠れた鼻息の荒ささえ想像して、気に食わなく思った。あんなに嫌な男だったのかな。だが、そういう思いは一時にもせよ心を休めた。人を打つと自分の痛みを誤摩化せるんだ、と知った。
中々の好人物ですな。と老人は言った。
「快男児と言ったところで。どうかね、気分も幾分……」
「うん、晴れました」
嘘ではなかった。本当に身が軽くなった。それは感謝しているが、彼はもうあの男の事が少しも好きではなくなっていた。
「富三さんにも迷惑をかけました」
「なんの」
老翁と隣り合わせてもう長い、彼がまだ亡妻お露と会う前だから越して来て七年になる。何かと世話になる事度重なって父子の情に似たものが相通っていた。
さあ、と富三は宵の口の戸を空け夜気を入れると、俄に人声が耳を打つ、人の往き来が多かった。祭りであった。
盂蘭盆会か収穫期の祭りか、新三郎には判然としなかった。廓寥、懊悩のうちに日を過ごしていたから、祭りも何も知らぬ事であったし、そもあらゆることが獏として無意味に思われた。殊、神仏事は。如何に祈念すれど、信仰に殉ぜど、人が死ぬ事には変わりはない。新三郎には人がそのことから目を背けているようにしか見えなかった。死ぬのだ。
死ぬ。
平癒の祈祷をせよ、長寿を祈れど、いずれ死ぬに違いない。百年後に生きている人があるか? 今、俺の廻りにいる奴らは百年後によぼよぼの老人として生きているか? 否、である。土中だ。百年後には生きているものなどいない。新三郎はやけっぱちに歯をかちかち鳴らして歩いていた。もはや殺害欲求と悲哀の折衷に似ていた。すぐに自分の行動が恥ずかしいと知って、道をそれた。
平原坂の急な登りを面倒に避けて、二位の坂、南院の往来を避けると自然北、北へと進んで行くうち、寂しい通りの……何と名付くか……知らぬ通りにいた。新三郎は油の含んだ顔と髪を混ぜこぜにするようにかき回すと立ち止まり、結局、直進した。直角を三度回ると半里弱の直線に出くわした。
まったくの無明にも道が、段だらの皮膚のように伸びて見えた。足が地を付く直前にずるりと滑り、そのまま平行に落ちて行くように思われた。それは必ずしも空想でもないようだった。波打った道はほんの気付かぬ程に下りつつ、雨露に濡れていた。いつ、降ったかな。しかし滑った。彼は足下を気にしながら歩いて行くうち、自分がこっそり闇に紛れて見えない存在になって行くんじゃないかと思う、いや、希望する。向こうから人が来たのにも気付かなかった。が、灯篭の灯には流石に気が付いて顔を上げると、髪を切り揃えた侍女らしい子供がちらりとこちらに視線をよこした。玻璃のような目だった。そそくさと頭を垂れると行き過ぎようとしたが再び頭を上げて、女性と目が合った。
どん、と心臓の奥を突かれた。
女の灯が行き過ぎるときびすを返して、蛾のように彼女を追っていた。
一度、侍女の目がきらりと翻った。暗中でも燈の灯を完全に跳ね返していた。黒い道をゆらゆらと行く、三度曲がる、通りは見知ったものに変わった。海面に顔を出したかのように灯が往来を行き交い、たっぷりと広い空気を新三郎の鼻腔に入れる。彼は多くの灯の中に女の灯を見失った。
はっ……、と、嘆息して帰路へつく、道々、男性の性(さが)が哀れに見えた。実際にそれを哀れと言うわけじゃない、愛の恋のというそれを哀れと言い換える事は中々奇妙だし、それに俺は不能者でもないし、だとはいえ連れ合いを失ってすぐにこういう次第ではまったく情けない気もするし。罪悪感を感じる。良い、罪悪感を感じるうちは、まだそれが罪だとわかっているから。わからなくなったら、まずいんだ。
家の戸に手をかけた。
しかし、中に入る気にはなれなかった。
彼は門柱の下に腰を落として華やかな灯籠を遮る人々の肩をじっと見上げた。
牡丹の燈を再び見つけたとき、また彼の胸は不思議な音で動悸した。
「約束をしたわけでもないのに……」
二度も顔を会わせるなんて不思議なことですね、と言われて彼は首をすくめて俯いた。口腔にも汗が垂れ流れるのか、舌でしきりに言葉を切りながら何かを言いはしたが、手前で言った言葉の意味もわからない。声をかけた自分が恥ずかしかった。ひどい手落ちのように思われた。
「自分の家は、そこ、ですから、どうぞ……」
と言って、また首をすくめた、今度はうれしい心地よさがさわさわと腹中に起こった。小女がツンとした子供に似合わぬ尖った鼻で言葉をあしらうようにして、彼も改めて自分で言った言葉の……性急さ……に気が付いた、自分が事を急いでいたということさえ今気付いた。ひどい手落ちだった。恥ずかしかった。
殴りとばせるものなら自分も彼女も殴り飛ばして畳の下にでも隠れてしまいたいと思った。
が、彼女はふくりと微笑んで彼の家へ向けて足を差し出した。ころん、という下駄の音が痒い程下腹部をくすぐった。
三人が落ち着き無く座について、目を畳目や桟へ、そのうちに新三郎は立ち上がり、背で覆い隠すようにしながら位牌を裏返して伏せる。気恥ずかしさも痛みもある、あるがやはりそうしたし、女を帰そうと言うつもりはなかった。
名は麗と言う、但馬の方で官吏らしいことをしていた父が旅中病臥に伏しそのまま居着いてしまったようなことを言うもののあまり判然ならぬ物言いで、そこはかとなく後ろめたい哀惜を感じるものだから、自然彼も追求を避け、言を信じた。是非を問う意味もない。ただ麗の仄白い青めいた顔は陰火に見え、暗く美しく亡妻を塗り潰す。肚にあるなにかが震えて肥大して行く。目はうっとりと火照った視線を送っていた。小女が麗の袖を引いている、それを微笑で嗜めて
「これは蓮という子で、今では二人きりです。良い子で、まめまめしいし、たよりになるんです、ね?」
蓮は硬い白磁の顔を微動にも揺るがせず、視線をこちらに向ける、硬質のきらめきに彼の背はいたたまれないかゆみを感じる。麗は肩を前へ寄せてくすくす笑った。
濡れるままに青めいて、肌に汗が乗り、流れる。丘陵のさきに高い乳首が天を向いた、香りがする、中に何がつまっているんだろう。回した手に腰は細いが胯にはたっぷりとした重さで肉が肉を潰しあう、奇妙なほど腰は球形に動いた。蓮の目をどこに感じつつ、声を出すのも忘れて睦あっているうち細胞が砂時計に混じって落ちる。気付くと惚けたまま二人を見送っていた。
背が消えるまで立ち尽くし、門柱の下に腰を落として膝を抱いて白けた通りに目を投げた。曙光がさした。
翌晩、姿を見せず、或いは果無い逢瀬かと思ったがその次の日にはまた唇を交わらせていた。のち、三日空け、二日空け、半月程には毎夜の褥を花の色に浸すまでになった。新三郎はお露にすまなく思うと同時に、自分が亡き妻と違って『生きている』ということを思った。もうお露と言う亡者に呑まれていない、と思った。不思議と、お露に対してさえ、晴れ晴れとした気持ちになっていた。一つは麗の明るさ、育ちの良さから来る子供っぽさ。それから心をお互い無防備に出来る甘え。それが弾み車になって何か雲の裏に陽があるのを思い出したようであった。
不意に朝、額にしわを寄せた老人の顔が見えた。
「次第、委細打ち明けてくれませんか」
富三に問われて、新三郎は口を固く結ぶ。老人は拳を膝に当てて肩を怒らし、目に憐憫さえ見せた。彼は視線を避けた。
「どうして、目を合わさんのです。後ろめたいことが無いなら無いでこっちを見なさい」
答えず
「見なさいッ! え、見れないならそれ相応の訳あってでしょう。違いますか」
「……」
「だんまりでどうするんです、え、馬鹿にしてるんだ、ええ、自分のことをわかってんですか。一回忌も過ぎてないうちから」
「それは、こっちの、話です」
富三は拳を畳みに付ける、願うような格好で前へ禿げた頭を押し出して続けた。
「ねえ、どういうことだかわかってんですか?」
「別に……」
「わかってないんでしょう。こっちを見なさい、新三郎さん、あんたどういう類いとつるんでるか」
「傾城ではないです」と震えて強い怒声が出た。
「売女かどうか、そんなことが問題ですか。あんた取り憑かれてますよ!」
富三の声はそれを上回る。
新三郎は煙を払うように顔を背けた。
「取り憑かれてるんです!」
「悪いですか、人の事を好きになって。しょうがないじゃないですか」
「そうじゃない。本当に、あんた呪われてますよ!」
話をつぶさに聞けば、富三の思議は突拍子もないものである。
近頃の新三郎の炯とした目は、面の痩せ具合に反して、なにか不気味ささえあり調子をまた崩したのかと慮っていたところ、どうも毎夜の逢瀬があるらしいのを知って憤懣とも慚愧とも感じるところがあり、心配から彼は新三郎の相手を見ようと覗き穴を空けたのだと言う。見えたのは、微笑んだ新三郎と薄化粧の
「骨です、骸骨です。人間じゃない、化物だったですよ。あんたが頬寄せて骨にまつわりついて舌を吸ってるのを見ましたよ」
随分、踏み込んだ物言いだが、老人の目は燃えるようである。彼は話の奇異よりも覗かれた気恥ずかしさで顔を硬くして上体を引いた。慚汗に腋が濡れる。何故、そんなことをするのか、暴露するような、下心がなくて覗きなんてするものか? だが、老人の目は上から胸ぐらを掴みに掛かるようであった。裸にされてもこちらが謝るより他に無さそうに感じた。
「目を疑りました。でも、何度見ても……」
「まさか」
「証拠にあなたこの半月でどんどん痩せている」
でも、充実している。生きている感じがする。
「それがまた取り憑かれている証拠じゃないですか、頭が変になってるんです。どうです、その人は、どこに住んでいるって言うんですか、会いに行ってみれば良いでしょう? 夜中じゃないですよ、今から、昼日中で会って私の面前に連れて来て、私に頭を下げさせればいいでしょう。え、私が間違ってんなら、そうしなさいよ」
馬鹿な、この老人は頭がおかしくなったんだ。年寄りだから自分の錯覚を錯覚と認める力も無いんだ。錯覚で責められたんじゃしょうがないし、第一、人のうちを覗くだなんて! なんてことだ。
「覗くなんて……」
「悪いですか? 私が間違ってますか? 私ゃ頭がおかしいですか」
「そうじゃなくて……」
「はやく行って証明すればいいでしょう! さあ!」
富三は興奮して血管を浮かせ、新三郎に詰め寄った。
早く話を切り上げたい。頷く。立ち上がって老人を横切り表へ飛び出す。
ううっ、と彼は歯噛みした。
西へ向かって進む道は大路を少しも掠めずに竹林の傘をかぶせた小道が連なり、舗装の悪い土塀沿いの道やら邸の堤をえぐるような坂を下り、登り、月湖の傍へ凛然と葦、彼岸花を見る。赤い花が連なる。柳、立ち枯れの木に朧々と日が引っかかっている。雨があるか、水の臭いがどこまでも充満していた。道は漸減していく、草をわけるように歩いて建物を探した。月湖のすぐそばにあるという話である。といえ、そう小さい湖でもないから歩いて探すのは難渋した。ただ視界にそれらしいのはいつまでも現れなかった。日が傾きはじめて見えたのは、塀、向こうに屋根、寄って山門が目についた。
「湖心寺……」
彼は躊躇わず入った。
「こちらにお麗さんという人が止宿しておりませんか」
面の長い柔和な老僧の面貌に間延びした愛想が浮かんで頷くとも頷かぬともとれる返事を彼に返した。重ねて、問うた。
「居る、と言えば居りますが」
「怪しいものではありません。知己のものです、言伝を携えて来たに過ぎませんので、お顔を合わせ次第帰りますから」
「然様ですか、然様ですか」
「あの」
「わかりました。ですが、さて、当寺におるとよくお知りになりましたな」
「ご本人にお聞きしておりましたので」
僧の顔が俄に曇った。が、すぐ晴れた。
そういうこともあろう、と独り合点で呟いて、「さぁ、では」と彼を導いて進んだ。
平棺の前で僧は足を止め、掌合わせ低頭、俄然彼にも気が付いた。棺桶の蓋に手を触れた瞬間、寒いものが皮膚の一枚下から吹き上げた、僅かに痙攣する。代わって僧が蓋をずらした。
麗の顔は普段と変わらずそこにあったが、幾分緑がかっているようであった。
なるほど、と思った。途端、柔らかく顔が砕けるのを感じる。やはり麗は美しく、くすぐったいような顔だった。胸元に髪を揃えた綺麗な人形が置かれてあり、それを手に取って裏返すと、『蓮』の字を見つけ、思わず声を立てそうにおかしくなった。通りであの子の硬い顔だ、眼もそう、思い出すとなんだか可愛い子供じゃないか、人形め。
おとなしく低頭した新三郎に僧は瞻り、控えた言葉を舌の上に重く乗せて、言わず、見送った。
どうです、と迫られて俯くのを見て、得たり、と気を強くした富三は叩くように詰問した。訥々と答えながら富三の顔を見る。背は彼よりも幾分低いが肩を張って組んだ腕、威嚇する格好でもあろう、顔に朱がさす。
「どうも、大変なことになった。大変なことになりましたなぁ、まったく」
「そうでしょうか」
「そりゃ、そうでしょうよ。あんた幽霊に見初められて段々に身体が弱ってるんだから。取り殺される前にどうかしないと。困ったことになったもんだよ」
言葉の度に皮が剥がれて小さくなるような気がする。
「でも」
「でももしかしもあるもんかい」
「でも悪霊と決まったわけじゃあないじゃないですか」
「昔から生き物の陽気に霊の陰気が障りになった試しは幾らもあろうじゃないか。良いの悪いのじゃあないんだから、源氏物語にだってあるでしょう」
「御息所は生霊でしょう」
「なおなお、でしょうが。生きててそれなら死んだのじゃあなおおっかないでしょうが」
「でも」
「馬鹿」
老人は首を振った。
「すっかり骨を抜かれている、話にならん」
ざらざらと神経に直接触れる程である。目は自然赤くなった。富三の老いた緩んだ頬がぐっと笑うような叱るような具合になり
「それ、わかってない。己が死ぬかもしれんと言うことすらてんで気付いてない。あんたはもう黙ってなさい。何考えても堂々巡りして馬鹿なこと考える。なんにも見えちゃ無いんだ」
新三郎は身内の震えを抑えようとして背を丸めたが、身体は逆らった。言う事を聞かない。一体にして、身体ってのは俺の支配下に無いのか知ら? 俺の頭が馬鹿になっていて身体も馬鹿になっているとしたら、俺は自分の何を操れてるんだろう。人間が確固としたものだなんて嘘なのだ、それとも意識と身体が自動的になってる今の俺は人間ですらないのか? だったら、似合いの二人じゃないか。俺は人間ですらない。人間ではない。咄嗟にそう言う考えに逃避した。
「ともかく、今日は私の家で寝なさい。その後のことはまた考えましょう」
柔和で優しい情愛のこもった声であった、その声は新三郎を戦かせた。
玄妙という老師が居りますそうで。
老人は唐突に切り出して彼をヒヤリとさせた。何事にも堪えられない程、彼は弱っていた。怖い。人が怖い。いや、そうか? 本当にそうなのか? そうだ。人は人でいるだけで暴力的だ。怖いんだ。本当か? 答えなどわかろうはずもなかった。しかし、この質問が彼の中で反復を続けていた。どうでも良い問題だった。そも答える気もない質問だった。単に今そこにある事態を繰り返しているだけだった。岩盤の上に置き去りにされた土竜のように感じられた。
「どうしますか、会いに行きますか?」
「いや、いいです」
大分、意を決して言ったのだったが、あえなく潰えた。
「会うべきですよ。会わないと何もわからない」
「あってもわかるかどうか」
「手をこまねいていてもしようがないでしょうが。何を意気地のないことを言ってるんですか、怖いんですか」
「……」
老人は首を振り、端倪し、舌打ちした。
「意気地がない。わかってますよ、あんたは意気地なしだ」
彼は家に帰りたかった、麗に会いたかった。お露が戻って来るのならそれでも良い。だが、彼女は戻ってくるまい。無性に寂しくなった。
「会って来なさい。行かないとダメです」
「行く、つもりです。いずれ……」
「つもりじゃなくて行くんです。すぐ発ちなさい」
暴風に巻き込まれるように立ち上がり、結局のところ、玄妙老師のところへ向かうのであった。
伽藍は鄙びたものであった。
彼は老師の前で端座した、途端、老いた手が彼にかざされた。
「何しに来たんじゃ、妖しいったらないわ、これぁたまらんな」
巌のように硬いしわを引き締めつつ彼の顔をまじまじと眺め、老師は頷いた。
「うむ、深刻だな」
彼は頷いた。
「話して聞かせろ」
彼はされるまま、嬲られるように件の一条を話し出す。ひどく気忙しい。どんどんと時間が進んで行くようである。気付いた頃には夕暮れであった。
「仔細承った。この二枚の札、一枚を戸に、一枚を布団の下にでも入れておけ。もう湖心寺には近付くなよ、絶対じゃ、近付いたら死ぬぞ。その亡者に殺されるぞ」
放り出されるようにして、そこを後にした。
寒気を感じながら細い道を下って行く。
立ち止まって、わずかに肩を落とし、しかし、進んで行った。
戸の前に立つと、人の目が二三あった。
彼は振り返り頭を垂れる、と向こうも返すが去りもせず立って、むしろ寄って来る。戸の前に棒立ちになっているのは確かに変だ、と思って戸を開き中へ入り際、再び振り返って会釈、目を見返してみるに親しげな、しかも詮索好きの目だった。
彼は戸に霊符を貼付けて丸くなった。蚊帳の中に入り込んでうすぼんやりと世界を眺めた。
しん、と静まった後に余韻として残るのは人々のざらり、ざらり、と足音に浮かぶ言葉の粒、彼のことばかり話しているようだ。そうにちがいない。富三が話したのだ。新三郎は手を伸ばし、位牌に触れた。
心が休まる、ようやく人に触れたような気になった。彼女の手を握っていられるうちは堪えられるだろう。
堪える。
なにから。
悪霊のたたりか?
違う、違う、自分はそんなもの少しも怖くない。麗がどういう者であれ、あれは良い女だ。生きている感じを再び取り戻したのは、彼女と出会ってからだ。彼女は俺を生き返らせてくれた。
死んだように命を長らえるのと、いっそ死んでしまうのと、どちらが苦痛か、わかりきっているくせに。拷問よりも一思いに首を落とす方が人道的だとわかっているくせに。なのに生きよ生きよと言う。どんなに辛くても生きよと言う。拷問の方が良いと言うのだ。死んだように生きている方が死ぬよりも良いと言うのである。
厭だ。
もう俺は麗に因って生かされているのだから、後戻り出来ない。彼女と会えれば、明日死んでも後悔は無いだろう。長い死よりも短かくたって生が欲しい。
言い条、彼は札を布団の下に入れて、戸に札を貼ったことを意図して忘れていた。考えないようにして、剥がそうとはしなかった。疲れているから、動きたくない。と思って寝入った。
下駄の音が響いた。
丸い音で、二つ、夜にポン、ポン、と浮いて、向こうに灯が見える。暗中の闇が相対して尚暗い。新三郎は燈を認めて戸に寄って霊札を引っ剥がした。
麗は既に裸身で結髪も解いている。赤い灯が童女の手から巡って、幼いその陶製の肌(はだえ)に浮く紅赤は寒いほどの瑠璃色に混じって何故か白く、妙に、人形の顔は内側で笑っている、麗の身体は夜に侍るか段々に膨れて見える、宵闇の輿に掛けた髀肉は夜露で濡れている。優しい情愛よりも猛々しい淫靡である。しっとりと潤ったからだが大きく伸びて、細くなめらかな腹は顔に当たった。膨らんだ乳房の匂いが瞼を撫でた。乳首は燃えたようである。鎖骨からは湿気が溜まって清流が流れ、彼の衣服をすっかり濡らした。敷居にのめるように彼は身体を麗に傾けた。つるりと陰部は繋がり、蓮の玻璃の目がそれをつぶさに映した。麗は両足を高く掲げて膝で彼の身体を締め付けしごき、反り身で胸を仰向けて彼に絡み付いた。
蓮は裸のまま牡丹芍薬の燈を掲げて道を照らす、彼は繋がったまま歩き出した。
蓮の股間は白く穴も開いていないのが見えた。彼は一舐めして、舌がひりひりするのを感じた。
戸外の人々がじっと彼を見ていた、彼は風のように軽い麗の熱く重い尻や腹や乳房や唇を弄び陰茎でこね突きしながら道を進む、強く早く突く、嬌声を上げさようとしていたのに、どこからも音はしなかった。
しんとして、裸足の足から下駄の音しかしなかった。
肉を突く音もよがり声も聞こえないので、彼はかえって必死になって動き強く髪を掴んで腰を打ち、こそこそ覗いている者達に見せつけて進んだ。
町は間延びしたように延々と続いていた。
彼は何度も精液を吐き出して、麗の愛液を誘い、腰を左右に振って観客どもの顔に飛沫を飛ばした。
段々に人々の叫び声が聞こえ出した。
ケラケラと自分の笑い声が大音声になって町も自分も粉微塵に吹き飛ばした。
目が覚めて、彼は朝日を認めた。
張り切った肉の塊を掴んで寝転がりながらしごき上げる、夢の身体に先端をこすりつけるようにしながら手を白く汚した、頭を反らした。戸に札は貼ってあったので安堵の息を吐いた。悪い安堵だと思った。
太陽が上がるさに黒々と心が落下して行く、自分は下等な生き物なのではないかとさえ思った。富三が戸を叩いて入ってきたので夢のことを省いて仔細を語った。麗は来たか来ぬか知らぬが会ってはいない、とだけ伝えた。
彼は満足げに喋り出した。
「それ、やはりそうです。効験あったんでがしょうがね、へ、もう問題は無い」
「そうですね」
富三はまたくどくどと彼を責めてから労って帰っていった。自分はまだ許されていないようだった。またぞろ寂しさが募った。彼は位牌を撫でたり飯を食ったりしながら日を過ごした。
宵になると戸を見つめて待った。からり、と下駄の音が耳に触れた。彼は戸に寄って耳を澄ませた。ひんやりと裸足に感じる、風が通る音に混じって躊躇う気配、再び下駄の音がするが、遠ざかって行く。
ほっとして彼はいつか微笑んで転がっていた。
麗には悪いが、まだ俺を諦めていないらしいと思うと心地よかった、無性に会いたくなったが、悪戯っぽく彼は思いを飲み込んだ。なに、ほとぼりがさめるまでさ……なぁに、そうさ……ほとぼりがさめるまで…………。
三日ほどはそういう日が続いた。
「顔色が良くなった」
と言われて、それはそうだ、と頷いた。麗がこうして日々来てくれるのだから、会えぬにしても生き甲斐が生まれているのだ、と自分に言い聞かせた。
「御効験だ」
「悪霊ってなぁ在るんだな」
「しかし、新三の奴も……」
憚らず人々は口にするようになっていた。降り注ぐ視線に彼は小さくなって痛みを避けようとしたが、中々それは叶わぬことだった。親愛をこめて彼を打擲し、嘲笑を悪意なしにやってのける。彼は抗しようとしてもすぐに破れた。睨んだ途端、睨み返された。堂々と、恐れずに彼を睨み返すその目は、彼の悪を約定するものだった。やはり許されていないことを感じるしかなかった。いや、本人達にはもとより許す許さぬなどと言う事すら念頭にはなかろう。ただ無意識に新三郎を打っているだけである。
旱天を思わせる乾いた日の夕、戸を出ると、富三の声を聞いて立ち止まった。
「いや、あれも悪い。一回忌もしないのに色に眩んだんだから」
また俺のことを吹聴している。
親子のようなものなんだから、世話を焼くのは当たり前だ、と言った上で
「まったく助かってよかったようなもので、あいつは何にもわかっちゃいない。世間に慣れてないんだな、そういうやつはダメなんだよ。なんにもできゃしない」
何かを噛むような顔をして、彼は家に戻った。
ただ、生きづらいな、と感じた。
横になってから、立ち、ぐるりと見回すと座り込み、また立って、うん、と頷く。位牌を丁寧に拭ってから仕舞い、蚊帳に手をやった。薄い網膜のような蚊帳を外しながら、彼は考えた。どうも生きようが無くなってしまった、と考えた。どれも白々しい。誰を見ても。それらしい顔をしている。俺のような世慣れていない者でも、それらしい顔をしてそれらしい考えで動いているんだけれど、世慣れている人々に比べれば児戯の如き『それらしさ』だ。きっと、俺が世慣れることが出来ない身体だからだろう、いっこうに彼等社会に帰れない身になってしまったからだろう。俺は確かに意気地がない、勇気がない、貧弱だ、心が貧弱だ。俺は堂々と麗と俺のことだから放っておいてくれ、俺の命は俺のものだから勝手にさせてくれ、と言いたい。でも、俺の貧弱な心は一睨みで萎縮して平伏してしまう。お前が悪いと言われて、俺も否定出来ない。いや、俺が悪いかもしれぬ、という中途半端な思慮が、お前が悪いと言い切る断定的な無思慮に屈しているのだ。俺のお露に対する善意と俺の命を盾にとって、みんな俺を打擲する。俺は俺で何か立ち回りかたがあるはずなのに、それらしい芝居をきちんと出来ないから、自分で起こすさざ波の返す波に転ばされてしまう。どうも……いつからだろう……。
いや、俺は結局、命と言うものに負けてるのだ。命と言う者の所為で『生きる』と言う事が出来なくなってる。本当は全部言い訳なのだ。俺が『生きよう』としないから、命を守ろうと言う誘惑に溺れているから、なんだかんだと言っているが、全部言い訳なのだ。俺は命を捨てて生きようとしなければならなかったのに、命の誘惑に負けてしまった。
蚊帳を畳んで端に寄せた。衣服もきちんとして、物の無い部屋は軽く掃き清めるだけで綺麗になった。随分と放ったままになっている読み止しの本をぱらぱらと終わりまで目を通した、彼は部屋を見回し、戸外へ出た。既に富三はいなかった。
小道を昇るように滑るように、夕映えの月湖へ向かう。
門前、颯と風が来て足音を隠したのを身体を伸ばして塀につけ、忍ぶ恋路の何とやらと、口に含んで笑っている。そっと湖心寺のうちに入ると蓮の姿を探しつつ、残光に目を向け、返った顔に硬い眼が行き会った。胸が跳ね上がったが、すぐ彼は頷いて蓮に手をかざすと彼の手を引いて童女は平棺の前まで灯籠をかざして進んで行く。
棺は僅かに開いている。
今、淵に立っているのがわかる。
今、ここで決断するのは、意志を持って自分の生命を賭けるのは、彼と人生を結束する一点だった。
新三郎は手を伸ばした。棺桶に優しく指先が触れようとした。瞬間、隙間から白い手が風に舞う糸のように揺れて伸び、彼の手首を握りしめ、ずるりと彼を吸い込んだ。新三郎はほっと落ち着いた気持ちで中へ落ちて行った。蓋はひとりでにしまる、二人はまったくの暗中でどちらがどちらとわからぬ程溶け合った。棺桶の中で彼の意識は浮遊して拡散して行った。
富三が遠近を訊ね回った挙げ句、湖心寺へ回ると、老僧はよもやと棺桶まで向かった。棺桶からは冷たい肉の匂いがした。僧がふたを開けると生きているような顔の二人が折り重なっていた。手を触れ、二人が死んでいることはすぐわかった。
富三は忌々しさを哀れっぽい顔にして「哀れな男だ」と嘆息した、僧は合掌して麗のことを話した。
「もとは但馬の官吏かなにかの娘だというのですが、もう一月か前になりますな、行き倒れになっているのを愚僧が見つけて、父君に一筆申し上げたのですが、手前が引き取りに行くからそのままにしてくれ、と言われてこうしておるのです。大陸でも客死したものを引き取るのに埋めずに親族が来るまでこうしておきますそうで、どうか頼むと言われたまま一向連絡が無い。父君も倒れられたと言うことでした。で、別の者が来ようと言うことになってこうしてそのままにしているのですが」
僧は顔を見て不思議そうな、またどこか得意そうな顔をして
「まるで生けるが如く、夏にもかかわらず少しも腐敗しない。はて、不思議な、と思っていたところでこのようなことに」
二人は、ふん、と鼻を鳴らした。
新三郎と麗と、また人知れず蓮は一つの棺桶で土中へと葬られた。
が、月の欠け始める時期から新月までの間に、折々二人の姿が牡丹芍薬の灯籠の童女を先導に歩いている、と噂が立った。行き会った者は熱を出すの身体を壊すのということがまことしやかに口端にのぼって、人々は俄に噂を加速し出して、続いて話は玄妙老師に伝えられ、早々、これは自分の手には負えないので鉄冠師に頼むよりない、と言ったまま関わりを避けたのであった。事実、玄妙老師にもわからなかったのである。
人々のうち数人を集って、四明山へ向かうことになった。そこの頂の草庵に鉄冠師がいるということであるが、東へ向かうその道はさておき山中は模糊とした草草に覆われ、或いは蔓を攀じ登り、岩を下り、難路を進む。次第次第に疲れが高揚感を縊っていった。今登攀している者達で幽霊を見た者は一人もいなかったので、畢竟、馬鹿馬鹿しい思いに変わって行った。それでもここまでの労苦を考えるとそれをあえて口にする者は一人もなかった。黙々と登った。やがて絶頂に木々よりも木々らしいくたびれた庵が見えると、迷いは払拭されるようであった。
そこにいる老師も老いよりも尚深刻に死に近付いているように見えた。背は曲がり、顔から皮膚は剥がれそうだし、伸びに伸びた髪も髭も乱れて白かった。彼等はそれを畏敬を持って眺めた。
「わしは、ただの老人じゃよ」
のったり、と喋った。
「そんなぁ妖鬼を退治することなんて、できゃせんよ」
「しかし玄妙老師があなた様にお任せするよりないと言ったのです」
ふむ、と老人は頷いた。
「あのおしゃべりめ」
老人はどこからか童子を呼び寄せると、また浮き世に戻るのかの、と言って腰を上げた。彼等はその物腰や様子に感興以上の何かを得て、老師の先導を取った。老人を連れての帰りの道は、行きの倍はかかった。
が、着くと人々は沸き返り、口々に悪霊を罵り、老人を歓待した。とはいえ、鉄冠老師はほとんど箸をつけなかったので、料理は誰かが平らげて、酒もそうなったが。
老人は湖心寺の西門に行くと早速棺桶を掘り起こさせ、暗くなるのを待って人々を集め、低い声の読経と護摩壇にも似たものをしつらえを棺の上に整え、火をつける。次第に夜も更け、壇上の火もひとしきり燃え上がると香木かなにかをひょいひょいと投げ入れては単調な読経を繰り返す、うち、二人と一つの死体が炎に巻かれて燃え出した。
……どの程度時間が経ったものか、頭を垂れた人々の耳元に何かがらりがらりがらがらと重い音が四方から聞こえ、その間を裂くように下駄の音、素足の音が聞こえた。
顔を上げると、牛頭馬頭の獄卒に引き立てられた新三郎と麗と蓮がそこにいた。手枷首枷で縛された三人は青い顔を虫ほど細くさせ戦慄いている。
「さて、おまえさんがたが世を惑わしとるんじゃな」
三人は微動にもしない。
と、笞が新三郎の頬へ振るわれた。続いて仗が蓮と麗の背に二度、はっきりと打撃音がする。
「どうじゃな。人々の災いになっているかな」
三人は曖昧に低頭している。
そこへ更に笞がしなって肌を責め、仗の打擲が続いた。よろめくと縄を強く引き、枷が食いこんで否が応にも立ち上がった。顔にまた笞、二発、三発、腫れて、破れ、火の粉に混じって血飛沫が飛び散った。
「うむ、おまえさんがたは罪を認めるか、悪を行ったのかね」
打擲。
子供の細い身体は獄卒の力に手もなく折れ曲がった。
質問のたび、獄卒からの拷問が続いた。
三人は口をきかない。
ので、壊されるための人形のように、壊され続けた。
新三郎の半面、蓮の額はもう始めの形ではない。屎尿が血と混じって飛び出すのも一度ではなかった。麗の顔は片瞼が裂け、眼球が緞帳から覗くようになっている。鼻を突く死肉の臭いが凄惨であった。
老師は続けた。
「汝等は悪をなし、民を惑わし、条を犯し、法に背いた、その罪をここに認めよ。汝、萩原新三郎は淫欲に溺れ、人々の善意に背いて己の命を捨て、死してなお民を害する」
服罪書が新三郎の手に渡り、老師の手に戻った。途端、四人の獄卒が角棒を高く振り上げた。次には、もう、潰れた肉の塊に僅か手足が逆さに生えてるようなのがあるばかりであった。
「汝等も同罪、いや、罪は一層重い」
すぐさま、餅のように頭からぺしゃんと潰された。両手が跳ね上がり、背骨が飛び出した。
老師は人々の方へ顔を向け、微笑むと、頷いた。肉塊はずるずると引き摺られ、或いは蹴転がされ、闇の奥へと消えて行った。
「泉下の獄で永久の苦しみを覚悟せよ」
その声を潮に、場は静まり返った。
眼前のことを見ていた人達は青ざめて顔を伏せた。
鉄冠老師は穴を掘らせると灰を丸ごとそこに埋め、山へと帰って行った。
玄妙老師の口が病んで、すっかり声が出ぬようになったのは当日からで、それに従うかのように人々はまったく新三郎の話をせぬようになった。
了